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『不思議の国のアリス』 このトシになって初めて読んだ その4 [読書]

読んだ本を再掲。

1 石川澄子訳 『カラー版 不思議の国のアリス』東京図書,1989
2 脇明子訳 『愛蔵版 不思議の国のアリス』岩波書店,1998
3 楠本君恵訳 『不思議の国のアリス コンプリート・イラストレーションズ 
          テニエルのカラー挿絵全集』グラフィック社,2017
4 桑原茂夫著 『不思議の国のアリス 完全読本』河出文庫,2015 

5 北村太郎訳 『鏡の国のアリス』王国社 海外ライブラリー,1997
6 脇明子訳 『愛蔵版 鏡の国のアリス』岩波書店,1998
7 安井泉訳・解説 『鏡の国のアリス』新書館,2005
8 楠本君恵 『翻訳の国の「アリス」ールイス・キャロル翻訳史・翻訳論ー』未知谷,2001

4は解説本。
8は3の訳者の著書で、翻訳、特にキャロルの文の翻訳という作業について論じたものだ。

5までは読んだので、次は 6 脇明子訳 『愛蔵版 鏡の国のアリス』だ。
前回書いた通り、2 脇明子訳 『愛蔵版 不思議の国のアリス』と対になるもの。
2で一度読んだ訳者だったからか、あまりにも個性的な5と違い、すんなりと読むことができた。

特に目新しく感じた部分はなかったが、これもアリスの世界に慣れてきたからだろうか。
ただ、この書には訳者のあとがきや解説などといったものはないので、どうしても消化不良な感はある。

いよいよ訳本としては今回最後の 7 安井泉訳・解説 『鏡の国のアリス』へと。
冒頭 チェスの盤面が出てくるのは同じ。
ただ、マス目の表記が違っている。
これまでは「a5」などアルファベット小文字+アラビア数字だったのが、本書では、「Q3」「KB8」などとなっており、最初は「?」だった(後に解決)。

この本の訳文は不自然な文章もそれほど見られないようで、なかなかこなれており、読み応えもあって、これはいいかなと思った。
単に慣れてきただけかもしれないが・・・

そして、本文後にチェスの解説が載っているのが非常にありがたい。
コマを動かすごとにその時点の盤面の図と、コマを動かす=アリスが次の場面へ進む、もしくは他のキャラが動くといったストーリーの関係が詳しく記してある。
前述のマス目の表記の件もここで解決。

実際にエクセルでチェスの盤面を再現し、パソコン片手に解説を読みながら指示のとおりにコマを動かして見ると、なるほど、コマの動きとストーリーとの関連がよくわかる。
いや、これは、チェスを知っているといないとでは、『鏡の国のアリス』の楽しみがかなり変わってくるなぁとしみじみと感じた。
チェスが広く親しまれてはいない日本においての『鏡の国のアリス』の訳出は、本文だけでは不十分だと思う。

実際に調べたことではないので全く根拠もないのだが、日本では『不思議の国のアリス』に比して『鏡の国のアリス』は知名度もしくは普及度で劣る様に思える。
出版数もおそらく少ないだろう。
それは、単純に続編だからというだけでなく、このチェスの件があるからではないかとも、思ってしまう。

また、この本には本文とは別に巻末に訳者解説がある。
そこでは本文を読んだだけではわかりにくい、キャロルの言葉遊びやストーリーについて簡単ではあるが訳者本人なりの見地を述べている。
これまでの本には無かったことで、これはとてもありがたい。
訳するにあたってどういうことに注意したか、というのは、読者にとって翻訳書、とくに「アリス」のような多様な訳書が出ているものについては結構重要なことだと思う。


そして最後の
8 楠本君恵 『翻訳の国の「アリス」ールイス・キャロル翻訳史・翻訳論ー』未知谷,2001
を読んだ。

これには『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』についての翻訳史・翻訳論が書かれてある。
背表紙に
「キャロルの英語を日本語にする「不可能に挑戦する」、
 言葉遊びのおもしろさと限界とについてさぐるのが
 この書の目的である。」
とある。
この本が案外に興味深い内容だった。

日本での最初の訳本まで遡って主な訳本を取り上げ、日本語に訳すのが難しい部分を中心に、日本語訳がどのように移り変わってきたか、ということをわかりやすく論じてある。
自分の筆では上手く表現できないが、実際の訳文をいくつもとりあげて比較したり、パターンに分類したりするなど、実際の訳文にそって具体的にその特徴を述べている。
(ちなみに、5の訳者で、前回記事であまり自分が好まなかったと書いた北村太郎については、部分的についてではあるが、「挑戦的」と評している(^^;))

英語だからこそできる言葉遊びを使った面白さ、当時のイギリスの子供を取り巻く事情がわかるからこそ面白い部分を、英語話者でもなく、時代も文化も違う読者にどのように伝えるか。
これまでに果敢に挑戦してきた先人の仕事に敬意を表しているのも好感がもてる。
何冊か手元に「アリス」を持って、解説されている部分を読み比べると、さらにこの本の面白さが増すだろう。
というか、できれば多くの「アリス」を手元に置いて読むべきだ。
そうしないとこの本を100%楽しむことはできないと思う。

今回もタイトルの件について少し。
『不思議の国のアリス』の原題が
『 Alice's Adventures in Wonderland 』
だったのに対し、『鏡の国のアリス』は
『Through the Looking-Glass and What Alice's Found There』
と、ちょっと長い。
これを直訳すると
『鏡を抜けた先でアリスが見つけたもの』
みたいになろうか。
このままではリズムも悪く長ったらしいし、なんといっても面白くなさそうだ。
ここは前作に合わせて
『鏡の国のアリス』
としたのは正しいことだと思うなぁと考えていたら、
そのことについてもこの本では触れていた。
それによると初めて現在のタイトルが付けられたのは以下の通りだという。

『不思議の国のアリス』1929年 長澤才助訳
『鏡の国のアリス』1948年 楠山正雄訳

『不思議の国のアリス』に比して『鏡の国のアリス』は出版数はやはり相当少なかったらしく、両者の年代に大きな開きがあり、『不思議の国のアリス』に合わせる形で割とすんなりとおさまったようだ。
ところが、1928年、戯曲として書かれたものに、上述の『不思議の国のアリス』に1年先んじて『鏡の国のアリス』(甫木山茂訳)とされたものがあったという。
ただ、系列的には他の書との関連が認められないので、現在につながるものとしては、1948年の楠山正雄が現時点では最初としていいのでは、としている。

ちなみに「鏡」が「Mirror」ではなく「Looking-Glass」となっている。
これは当時のイギリスの上流階級で使用されていた言葉だという。
このことは 7 安井泉訳・解説 『鏡の国のアリス』の解説で触れていた。
このようなことも、当時キャロルが、どういう階層を意識していたか、ということを推しはかるものとして興味深い。

最後に、これは『不思議の国のアリス』に限らず、翻訳書一般について自分が思っていた疑問がある。
訳者としては、自分の独自性を出したいと思う一方で、それまでに訳された文章で「これは上手い」と思う部分もあるだろうし、もしくは、もう定型的に訳するほかない部分もあるだろう。
そのようなときに、訳者として、どこまで先人の訳を参考にするのだろうか。
ときによってはほとんど同じ文章になってしまうこともあるだろう。
訳本における「著作権」というのはどのようになっているのだろうか。
自分が不勉強なだけで、この世界では当たり前のことなのかもしれないけれど・・・

で、これについても、8では言及している。
自らも翻訳書を出している身として、いかに自分らしい訳出をできるかという訳者としての矜持や楽しみ、やりがい、また、定型訳文の生まれ方などについて語っており、これもなかなか面白かった。
(著作権についてはかいてなかったが)


いや~、読み終えるまで時間かかっちゃったな。
けれど、ほとんど知らないアリス初心者だったのが、読めば読むほど面白さがわかってきたようだ。
とはいえ、「アリス」本文の訳だけではここまで理解はできなかっただろう。
自分にとっては4や8のような本があったのはとてもよかった。
また、原文と対応する日本語訳とを両方載せた訳注書があるらしいので、時間があったらそれに手を出してみようかなと思う。
できるだけ早い方がいいんだけど、時間がとれるかな?
最初はあまり面白いと思わなかった「アリス」だが、魅力に取りつかれつつあるようだ(^^;)


というわけで、4回続いた「アリス」記事も一応今回で終了。
最後は特にまとまらずかなりの長文になってしまった・・・
まあ、いいや。


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middrinn

そらそら様が多分アリスの挿し絵については語って下さるだろうけど、
今のとこ高山宏の名が出てこないような(^_^;) 御本人は安原顯編集
『リテレール別冊⑦ 私の好きな文庫本ベスト5』(メタローグ,1994)
で、〈岩波文庫は昭和初年における日本文化史全体の中でさえ論じる
に値するものだと思う。どこかの段階で死ぬほど嫌いになって一切
読まなくなった岩波本だが、中、高、大学初年にかけては岩波文庫
漬けだった。岩波文庫目録についてはまさしく「オタク」のはしりで、
著者、訳者、書名、細かい字がギッシリの惹句をランダムに諳んじて
友人の度胆を抜くのが高校時代の特技というか悪戯だった。どの一冊の
巻末にも付いている岩波茂雄の「読書子に寄す」はすばらしい。文化
とか活字とかに自信がなくなった時、どの一冊かを手にとってそこを
読み返す。世界一の文庫だと思っている。キャロルの『アリス』を
お訳しになりませんかと頼まれた時もにべもなくお断りした。永遠の
憧憬の対象であって欲しいのだ。〉と書かれていた第一人者かも^_^;
by middrinn (2019-08-17 17:11) 

enokorogusa

middrinnさんはさすがですね(^^)
実は次に読もうと思っているのが、高山宏訳の『新注 不思議の国のアリス』『新注 鏡の国のアリス』(ともに東京図書)なんです。
(^^)
以前にご紹介されていた岩崎民平や岡田忠軒の名も、楠本君恵『翻訳の国の「アリス」ールイス・キャロル翻訳史・翻訳論ー』に出てました。
岩崎民平については「・・・岩崎氏の訳には、後年多くの訳者に影響を与えたことのほの見えるきらりと光る名訳が散りばめられている」
岡田忠軒については『鏡の国のアリス』の初めの方にある意味不明の「ジャバウォッキーの詩」の訳について「これだけ説明されても、なお訳出不能かと思われたこの詩を、戦後の1959(昭和34)年、角川文庫の『鏡の国のアリス』で、岡田忠軒が以下のように訳出した。/・・・/岡田氏以降、現在に至るまで、たくさんの『鏡の国のアリス』の翻訳と共に、さまざまなジャバウォッキーの名訳が生まれている」
と、両名共に高い評価をされてます(^^)
by enokorogusa (2019-08-17 18:58) 

燃焼豚

私が子供の頃、鏡の国のアリスを知った時、真っ先に頭に浮かんだのはミラーマンだった。
by 燃焼豚 (2019-09-29 16:21) 

enokorogusa

返信遅くなってしまいすいません。
戦え我らの・・・でしたっけ。
自分はどちらかというと、遊園地のミラーハウスのイメージが。
小さい頃、どうしても出られなくて泣いていたら、兄が助けにきてくれたのを思い出します。
by enokorogusa (2019-10-19 14:56) 

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